多くの人は手段を諦めることを諦めだと思っている。「諦める力」より

ども!カズマルです!

「多くの人は手段を諦めることを諦めだと思っている。」

これは、元陸上選手である為末大(ひろし)さんの著書「諦める力」の中で語られた言葉です。

トップアスリートとして、現役時代の経験から語られる言葉には説得力があり、自分の中の為末さんのイメージ像にはなかった、いい意味で割り切った考え方がとても好きになりました。

著書「諦める力」の中から自分の心にスッと入ってきた言葉を少し拝借しながら、僕自身の考えを述べていこうと思う。

目的さえ諦めなければ手段は変えてもいいのではないだろうか

そもそも為末さんは陸上の花形種目である100メートルの選手だったそうだ。

そこからは皆さんもご存じのとおり、400メートルハードルへと種目を変えた。

その結果、3度のオリンピックに出場しメダルも獲得されている。

「目的さえ諦めなければ手段は変えてもいいのではないだろうか」

この言葉は種目を変えた経緯を振り返りながら語られた言葉である。

まったくその通りだと思う。

例えば、身の周りの簡単な話だと

  • 彼女をつくりたいから、合コンに行く
  • 料理がうまくなりたいから、料理教室に通う
  • 痩せたいから、ジムに通う
  • 英語力を身につけたいから、TOEICの勉強をする

「合コンに行く」、「料理教室に通う」、「ジムに通う」、「TOEICの勉強をする」のはただの手段でしかなく、「友達に紹介してもらう」、「料理本を見ながら毎日作ってみる」、「毎日ジョギングをする」、「英会話スクールに入る」という手段を選んだとしても目的は叶えられるし、誰も反対する人はいないだろう。

重要なのは目的だ。

ジムに通っても痩せなかったからといって、ダイエットを諦めてしまうのは、ジムに行くことが目的になっているのだ。

手段が目的化している方は僕の周りにもたくさんいる。

自分自身の目的を忘れてしまってはダメだ。

人間には変えられないことのほうが多い、だからこそ、変えられないままでも戦えるフィールドを探すのが重要なのだ。

この言葉で僕は少し楽になれた。

なぜならば、今の自分をよりよくするためには自分が変わらないといけないと思い込んでいたからである。

この言葉はとらえ方によっては、それは逃げだと思われるだろう。

人間だれもが強固な意志でこうなりたい!などという大志をもっているとは限らない。

僕もそうだが、何事においても成長したい!豊かになりたい!と思っているが、だからといって具体的に行動してるかといえばまったくだ。

明日やろう、今度から気をつけよう。

いつも自分から逃げていると思っていた。

為末さんがこの言葉を伝えたかった相手はまさしく僕のような読者に対してではなかろうか。

人間はそんなに簡単に変えられるものではない。変わることにはとてつもなくエネルギーが必要だとも思う。

そのエネルギーを自分を変えるために使うのではなく、もっとやれる範囲のなかで消費することが大切だと僕は受け取った。

一生懸命やったら見返りがある、という考え方は、犠牲の対価が成功、という勘違いを生む。

日本人は、努力は必ず報われる!という考え方が大好きな人種だと思う。

もちろん、努力することは大切なことだと思うし必要なプロセスだとも思う。

しかし、報われるか報われないかは努力したかによらないと思う。

これはこれまで生きてきた中での経験則として、なんとなく皆感じていることだろうと思う。

努力量を図るためのものさしはかなり相対的だ。

ある人にとって当たり前のことは、ある人にしてみれば相当な努力と受け取られる。

毎日1時間勉強することが当たり前な人もいれば、月に1時間勉強をすることを苦に感じてしまう人もいる。

一生懸命取り組んだのに結果がでないと悔しい。当然だ。

大切なのは、一生懸命取り組む対象が自分にとって本当に大切なことなのか、実現したいことなのかを常に考えることだと僕は思う。

そして、少しでも何か取り組むべき方向が違うなと思ったのならば、すぐに軌道修正することが大切だ。

軌道修正を繰り返しながら、自分がやりたいことは何かを探し続けることを諦めなければいずれたどりつけると思う。

僕もそれを今探している最中である。

世の中で成功していると認識されている人は、自分のやりたいことにただ早くたどり着いただけだと僕は考えるようにしている。

最後に

ぜひ、みなさんにも「諦める力」を読んでみてほしい。

おすすめだ。

特に、何かに一生懸命取り組んでいるが、なかなか成果がでないと悩んでいる方には必読書だと言っても過言ではないほどである。

以上、ではではー!

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